「男の隠れ処」――居酒屋 蔵
手造りの日本酒「本郷 壱岐坂」は、いつもしぼりたて
様々なチーズとワインのハーモニーを堪能しよう!
いつか一番好きな人と行きたい
自分に取り戻した日々のために
木札で料理や飲み物を注文
こんな場所にあることが奇跡である。
日本三大酒場のひとつで究極の酒「神亀」を味わう。
志受け継ぐ「食にこだわる」店。
くつろぐ蕎麦屋での昼酒 永らく小樽に病身を養っていた古い友人が昨年亡くなった。その友が愛した店がここ、「籔半」である。小樽に着いたその晩は、地元の人が行く旨くて廉い寿司屋で旧交を温め、あくる日の昼下がりを「籔半」で語らうのが約束ごとになっていた。蕎麦屋の昼酒は寛ぐものであるが、「籔半」では特にその想いを強くした。 明治のころから小樽は大いに栄えたという。街を歩くと日本銀行小樽支店、旧日本郵船小樽支店、旧北海道銀行本店など、明治時代に建造された洋風の建物群、同じく明治からの倉庫、商店、富豪のお屋敷など昔の栄華を伝える建築物が沢山ある。「籔半」のある静屋(しずや)通りは第四代北海道開発長官、北垣国造の号、静屋(せいおく)に由来する。「籔半」の隣に本間内科という古風な医院があるが、ここはかつて石川啄木が勤務した「小樽新報社」跡で、向かいの駐車場奥の瓦葺きの石蔵は伊藤整の小樽商大時代の下宿先であるという。
店主(現二代目)は工学系の大学の出身と聞くが、機知とサービス精神に富んだ人とみえ、店に置かれている「おしながき」はコンピュータ製版の100ページ近い力作である。これを読んでいくと、蕎麦もお酒もつまみも相当に吟味されたものであることがよく分かる。店舗の空間が心地よいだけでなく、そういう心遣いがお客の時間を一層快適にしてくれる。
蕎麦屋の酒は二合くらいにしたいものだが、久しぶりの語らいについ「もうひとつ」となり、亡き友の口癖の「至福のひととき」が出るころにはだいぶ出来上がってしまう。飲みすぎないうちに、道内産の地粉を使ったセイロで宴をしめて、お土産に自家製の「蕎麦味噌」を買う。表に出れば、柳に吹く風もさわやかな小樽の初夏であった。(昌)