このところ、小唄が気になって、改めてあれこれ聴き込んでいる。
京都の街、加茂川にかかる四条の橋、橋の上に立つと東の正面に見えるのが八坂神社の後ろに続く「円山」である。円山といえば北は知恩院から南は高台寺につながる小高い丘で、現在でも円山公園の枝垂桜が有名であるが、昔から桜の名木で知られる花の名所だ。
祇園に遊んだ大石内蔵助が作ったとも(多分、他の人であろうが…)いわれる。
芸者や仲居に送られて、祇園をあとにほろ酔い気分で「四条の橋」までやってくる。ふと振り返ると東に灯がひとつ見える。「二軒茶屋」は円山にあった中村屋と藤屋のふたつの茶屋をそのように呼んだものだという。
夜空にぽつんとともる灯りをみて、酔客は「あれは二軒茶屋の灯か」と周りの者に聞く。「そうじゃえ」と答える茶屋の仲居の弾む声音。二軒茶屋のある円山はひっそりと静まりかえっている。「エエそうじゃいな」と取り巻きの連中が口々に囃す。ただ、それだけのこと、ではある。
どこの酔客であってもかまわないのだろうが、ここはできれば、大石内蔵助に比定しておきたい。大石が隠れ住んだといわれる山科へは三条から蹴上へ向かうのだから四条橋を渡るのは逆方向だ…、などと野暮を言ってはいけない。橋を渡れば先斗町も木屋町もあるではないか。飲み直してはいけないという法もない。大事を胸にあれこれ想いをめぐらす内蔵助の心境を「仮名手本忠臣蔵」七段目「茶屋場」の大星由良助と重ねて想像してみるのも一興であろう。
話は飛ぶが、六代目圓生が三遊亭圓朝作の怪談「乳房榎(ちぶさえのき)」の中で、絵師の菱川重信が弟子である磯貝浪江に斬殺される直前、磯貝から脅された下男の正介に落合の蛍見物に誘い出され、久しぶりに微酔して闇夜の中を戻りながら、この「四条の橋」を唄うという演出があったのを思い出す。後日、圓生の談で「ここでこれを唄ってみたいと思って、原作にはないが自分の工夫で入れた」という趣旨のことが書かれているのを目にした。
いまこれを書いていて、急に圓生の唄う「四条の橋」が聴きたくなって手元の音源を探し出した。この唄を聴くと、二軒茶屋の灯、つまり円山の灯りを唄っているが、むしろ背景にある漆黒の闇、江戸前期という時代の四条の橋を包む夜の闇の深さの方が思い浮かぶ。夜が暗いぶんだけ、人の心のひだもより深いものがあったのではないかとさえ思う。
この唄を唄う時に、酔態をあらわす「ウィ〜」というおくびを何処に挟むか、が聴きどころでもあるという。唄う人がそれぞれの思い入れで「ウィ〜」とやっている。ただし、これは一カ所だけにした方が良い。何回もやると、泥酔状態になり、内蔵助らしくない。(昌)
ご挨拶
しばらく、このコーナーを休んでおりましたが、落語から音曲、芝居へと間口をひろげて、思いつくよしなしごとを、お酒との接点を少し意識しながら書き綴ってみようと思います。改めてよろしくお願いします。
平成19年8月 筆者敬白 |
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