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お酒と落語のはなし:7月「酢豆腐」
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お酒と落語のはなし:6月「つるつる」
日本酒、四季おりおり。

第13回(2004.7.24 updated)

お酒と落語のはなし:7月「酢豆腐」

「肴(さかな)は・・高いものはいけないよ。みんなもう銭がねえんだから。・・かといって、ひとりが喰って、ひとりが喰えねえってえのは喧嘩になるから、数がなくちゃあいけねえ。他人(ひと)が見て体裁のいいものを喰いたいねえ、お前たちの前だが。腹にたまらない、衛生にいいてえやつだ・・」


 町内の若い者が寄り合って暑気払い。そのまま泊まり込んだ明くる朝、酒のほうは何とかなるから昼の宴を始めようというときに、兄い株が言いだした「おつな肴」である。銭はないが見栄えのよいものを口にしたいという江戸っ子の意気だ。

「どうだい。みんなで物干しぃ上がって、風を食らうってえのは?」

 勇気ある提案者はただちにひっぱだかれて退場。以後、「物干し野郎」というあだ名がついてしまう。

「ありィーます・・」
「変な調子だねえ。なんでえ、その『あります』てえのは?」
「まずあたしの考えでは、さしみです。酒によくって、飯にいい。中脂(ちゅうあぶ)のところをさびを効かせて食べたひには・・」
「なにを言ってやんでえ!さしみがいいくれえのこたあ誰だって知ってら。銭のねえくせしやがって」
「それは、あたしは銭はない。あたしは銭はない。銭はないけど・・さしみは喰う!」

 まるで状況が飲み込めていない者まで現れて、みんながワイワイがやがや、夏の昼下がり、昨日の夕立でできた水たまりがいかにも蒸し暑さを加えている。「暑気払い」というのはいまでもよく使われる酒飲みの口実である。春は「花見」秋は「月見」、冬は「雪見」で夏「暑気払い」。酒の肴も当然季節によって変わってくる。それにしてもこのたびの肴の条件はむつかしい。

「おう、俺が考げえた。おめえの言ったやつだ。数があって、人が見て体裁がいい、腹にたまらなくって、衛生にいいい・・てえのを」
「なんでえ、そんなものがあるのか?」
「あるんだよ、それが。まず二百がとこ散財をしてもらおうか」
「二百?・・二銭でいいのか?」
「そいつを持って横丁の小間物屋へいって、黒文字を買うんだ、爪楊枝。こいつをひとりっつくわえて酒を飲んでりゃあ、はたからみて体裁がいいや、腹にたまらねえ」
「そんな・・、歯をほじりながら酒が飲めるか?」
「だからね、歯の掃除がゆきとどいて衛生にいい」

 どうにもしまらない考えしか出てこない。運悪く通りかかった建具屋の半公が餌食となり、でっち上げの惚気ばなしに乗せられた挙句、なにがしかの銭を寄付して退散。「なにか買える」と喜んだところに、この日の立役者、粋人(すいじん)気取りの若旦那が登場する。口の達者が大声で・・・

「若旦那ァ!なんですねえ、あなた、お寄んなさいな、素通りはないでござんしょ」
「おやぁ、こんつわ」(気取って「こんちわ」が「こんつわ」になる)

 扇子を三分ほど開いて口に当て、泳ぐように水たまりをよけながら、やってきた若旦那の奇声に若い衆の目は釘付けになる。

「これはこれは、みなさんお揃いで、お邪魔になると悪しゅうがすから」
「お邪魔なんてえことはありませんよ。あなたぁ、いつみても様子がようござんすね。だしぬけに妙なことをうかがうようでやすが、夏向きのこの節、召し上がりものなぞは、どんなものをやってます?」
「これはまた、異なお尋ねで。この節、拙(せつ)ら通家(つうか)の口にあうものはごあせんな。割烹店のものなぞも荷だねえ。・・ひとの喰わんめずらかなものを食したいねえ」

 終わりのひと言が命取りとなって、与太郎が仕舞い場所を間違えて腐らせてしまった豆腐を食べさせられる羽目になることはみなさまご承知のとおりである。

「やったよ!えぇ、やりましたねえ、若旦那。これはいったい何てえ食べ物です?」
「・・まず、拙の考えでは酢豆腐でしょう」
「酢豆腐?なるほど、酢豆腐はいいねえ。どうぞ、たんとおあがんなさい」
「いやぁ、酢豆腐はひとくちに限りやす」

 私はこの「酢豆腐」の若旦那が好きである。ワナと知りつつ一歩もたじろがず、従容として運命を受け入れることができるのは達人であろう。安藤鶴夫の「わが落語鑑賞」には久保田万太郎の「たゝむかとおもへばひらく扇かな」という一句が添えられている。(昌)

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