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お酒が飲めなかった三田村氏
日本にいたころは全くお酒が飲めなかった28歳の三田村雅氏は、1970年国費留学生としてドイツのマインツという街にあるMax
Planck Instituteで化学の研究のお手伝いをするために2年間の契約でドイツに渡った。当時その研究所には、日本人は一人しかおらず、それで、ドイツ人の教授が「淋しいだろう」といってよく家に食事に呼んでくれた。
マインツという街
マインツはワインの集散地で、ワインが生活に溶け込んでいる。教授の家では、ワインは食事のときに飲むのではなく食後酒として飲んでいた。その頃三田村氏はお酒が飲めなかったので勧められても食後酒は断っていたそうだ。1年程すぎたあるとき、「今日はどうしても飲まなければだめだ」と教授に言われて飲んだのが、1959年の「スタインベルガー アウスレーゼ」の白ワインだったのだ。
実験のこともあるので「今日は義理ででも飲まなければならないな」と思って、ほんの1杯のつもりで飲んだのがすごく美味しくて、そのワインをほとんど1人で飲んでしまった。三田村氏は、かなり酔ったそうである。教授の奥様がにやりと笑って、「美味しかった?」と尋ねたので、「非常に美味しかった」と答えた。すると、「あれがどんなワインか知っている?」と言って、奥様は説明をしてくれた。
記念すべき1959年の「スタインベルガー」
1959年の「スタインベルガー」というのは300年に1回でるかどうかのすごいVintageだったのだ。教授も奥様も、まさか三田村氏が全部飲むとは知らず勧めたわけである。そのワインは国立醸造研究所のアウスレーゼで鷲のマークがついているもので、実は教授ご夫婦も飲みたかったそうだ。三田村氏がいかにも美味しそうに飲んでいるのを見て全部飲ませてあげたそうで、あとで大笑いになったとか。
三田村氏のワインの研究はこの1959年の「スタインベルガー」を飲んだ瞬間から始まったといっても過言ではない。教授の奥様は横で見ていて、お酒が飲めない三田村氏でもこのワインは美味しいと感じているのがわかったそうである。このワインは三田村氏にインパクトを与えた。この世の中に、お酒を飲めない自分にも飲めるワインがあるということを知って、ほっとしたことを今でも憶えているそうである。(1/5)
→つづき
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